リスクを冒した、その先に―第11回社会人落語日本一決定戦・所感

大阪・池田市で行われる「社会人落語日本一決定戦」。

第1回大会は平成21年、池田市政施行70周年事業として開催。今年で第11回目を迎える。
上方古典落語「池田の牛ほめ」「池田の猪買い」などの舞台であり、上方落語の資料を展示する「落語みゅーじあむ」を擁する落語のまち・池田。
そこで行われるこの大会は、現在行われているアマチュア落語大会の中で最大規模の大会だ。当日は商店街に幟が立ち、歩行者天国に屋台が並び、街が賑わう。

年々応募者が増加しているらしく、今年は事前審査に345通もの応募があったそうだ。落語ブームと言われても実感があまり湧かないが、これほど「演り手」が右肩上がりに増加していると聞くと、やはり落語というものが身近な存在になってきているのだと納得させられる。

予選参加者は、朝は駅前のロータリーに全員集合し、開会あいさつの後、6つの予選会場に向かう。

阪急池田駅のロータリーに179人もの人が集結している。
皆、落語をやるために土曜の朝っぱらからわざわざここへ来たのだ。でっかい鞄の中には着物。個性的でよく喋り、そしてとにかく濃い。そんな人たちが179人もいるのだからどうかしている。こんなに大量のアマチュア落語家に囲まれる機会は人生で初めてだ。

予選会場に着き、会場ごとのオリエンテーション。
私の組の予選会場の高座はここだ。自然光が差し込むホールは明るくて広く、開放感がある。

予選会場の高座

 

演者は自分の高座の終了後、座布団、めくりを返して退場。
それに加えて、自分の次の演者が見台を使う場合は、見台の用意も行う。
関東の落語では殆ど使用することのない見台・膝隠しは、私にとっては馴染みのないシロモノで、扱い方が分からない。しかし、なんだか憧れるものはある。ちょっと使ってみたい、とも思う。
自分の次の出番の方は見台不使用だったので段取りを心配する必要はなかったけれども、せっかくの機会なので見台・膝隠し・小拍子の運び方を勉強させて頂いた。

見台・膝隠し・小拍子

 

オリエンテーションが終わると自分の番までは自由時間となる。私は出番が早かったので、控室でネタ繰りをしていた。

さて、この日の演目、ちりとてちん杯と同じ「真田小僧」を準備していた。ただし、別バージョンだ。
ちりとてちん杯の持ち時間は8分のため、余計なアレンジや入れ事をせず、寄席サイズのショートバージョンにした。
今日の持ち時間は10分。なるべく余らせず時間一杯使いたい。前回と同じく本編は8分でマクラを2分足す、でも良かったが、私はちりとてちん杯で急な思いつきで入れた台詞のおかけで制限時間オーバーしている。
マクラには、気分でうっかり言い回しを変えてしまったり、笑い待ちの時間が読めなかったりなど「揺らぎ」が多くて、時間をコントロールするのは難しかった。だから、カッチリ台詞を固めてある本編の方で増量することにした。

それでチョイスしたのが、今年の春に作った改作バージョンだ。ふだん、寄席でかける時の台本は12~13分あるが、長い台詞をうまくまとめると10分に収まった。

これをやるかどうかは直前まで迷ったが、冒険したかった。聞いてほしかった。

実はこの改作はちょっとした艶笑噺だ。そのためか、過去に何度かかけた時のお客さんの反応はまっぷたつに分かれた。おおむね楽しんで頂けるのだが、一度、お客さんがサーッと引いて会場の温度が下がるのを感じたこともある。
とにかく一人でも笑い出してくれて、笑っても良い空気が会場内に充満すればもう大丈夫なのだけれど、その最初の勇者が現れないと辛いことになる。
ちなみに、改作部分の艶加減は、もともとの真田小僧の前半部分ほど色っぽくはない。コロコロ・ボンボンにも安心して載せられる明るいエロだ。

出番の3つ前くらいから舞台袖で待機。前の出演者の落語が終わり、衝立の裏から高座へ上がって驚いた。
客席がかなり埋まっている。
高座上で一礼をしたところから時間の計測が始まる。ここには、ちりとてちん杯にあったような、残り時間確認用のデジタル時計はない。
会場の下手後方に壁時計があるのが見えた。私は、おとっつぁんになる度に、不自然にならない程度に時計をチラ見した。
ちりとてちん杯でタイムオーバーしている私は、時間に関してはかなり神経質になっていた。壁時計では秒までは分からないから、油断すれば前回のように、わずか数秒足らずにタイムアップということもありえる。

ネタは、大いに笑って頂いた。「ここで!」と仕込んだくすぐりは、外していなかったように思う。

演る前は、なんであんなに悩んでいたのか。それは自分がしくじる事よりも何よりも、「お客様にそっぽを向かれる」事が怖かったのだ。
元は完成された古典だから、そのまま演れば少なくとも受け入れてはもらえる。
改作は後戻りはできない。どんなにウケなくても、元の真田小僧に戻るのは無理で、そのまま最後まで突き進むしかない。

サゲを言って、一礼。
サゲ言えた。それだけで肩の力がふっと抜けた。そして、サゲにも笑いが起こった。

フラフラしながら高座を降りた。袖にいらっしゃったスタッフの方が「時間ギリギリでした!」と仰った。
ああ、また持ち時間、危なかったのか。でもとにかく、やりきった。

開放感でいっぱいになりながら、お祭りムードに包まれた「いけだ落語街道」に繰り出した。

(2019.9.28)